進路相談を始めると、最初の10分以内にほぼ必ず出てくる言葉があります。「やりたいことが見つからなくて…」というものです。これを言う生徒さんたちは、たいていうつむき加減で、どこか申し訳なさそうな表情をしています。まるで「やりたいことがない自分は、普通じゃない」と思っているかのように。でも私から言わせると、まったく逆です。高校生や10代後半の若者が「やりたいことがわからない」のは、ごく自然なことです。今回は、このよく聞く悩みの正体と、そこから抜け出すための考え方についてお伝えします。
「やりたいことがわからない」はおかしくない
人が「やりたいこと」を持つには、前提条件があります。それは、十分な量の「体験」です。体験したことのないものを「やりたい」と感じることは、原理的にできません。ところが、10代の若者は人生経験が限られています。学校・家・塾という3点間を往復するだけで、どれだけの体験を積めているでしょうか。
「やりたいことがない」のは、正確には「やりたいことを見つけるだけの体験量がまだ足りていない」という状態です。これは欠点でも怠慢でもなく、単なる現在地の話です。大人の多くも、さまざまな仕事や人間関係を経験する中で少しずつ「これが自分に合っている」と気づいていくものです。10代でそれが明確でないのは、当然のことといえます。
加えて、日本の学校教育では「将来の夢」を早い段階から書かせる文化があります。小学校の卒業文集から始まり、中学・高校の進路指導でも繰り返し「やりたいことは何か」を問われます。この問いかけ自体は悪いものではありませんが、「やりたいことを持っていなければならない」という見えないプレッシャーを生んでいることも事実です。結果として、「やりたいことがない自分はダメだ」という誤った自己評価につながってしまうのです。
まず最初に伝えたいのは、「今の時点でやりたいことがわからなくても、まったく問題ない」ということです。進路を考える出発点は、「夢」ではなく「自分を知ること」から始まります。
「やりたいこと」を探そうとすると迷子になる理由
「やりたいことを見つけよう」と意識しすぎると、かえって見えなくなることがあります。これを私は「内省の罠」と呼んでいます。
頭の中で「何がやりたいか」と考え始めると、多くの場合、職業や進路という「ラベル」を探す作業になります。「医者?弁護士?エンジニア?デザイナー?」と職業一覧を頭の中でスクロールしていくような感覚です。しかし、職業というのは「やりたいことそのもの」ではなく、「やりたいことを実現するための手段の一つ」にすぎません。職業名から入ると、自分の内側の動機とは切り離されたところで考えることになるため、どれを選んでも「ピンとこない」という感覚が続きます。
また、「やりたいこと探し」に集中しすぎると、「今まで自分がやってきたこと・好きだったこと」を無意識に軽視してしまうことがあります。「今の自分には何もない」という前提でゼロから探そうとするのですが、実は過去の体験の中にすでにヒントが散りばめられています。「やりたいことがわからない」人の多くは、やりたいことがないのではなく、「自分が何を大切にしているか」に気づいていないだけです。
重要なのは、「やりたいこと」を直接探すのではなく、「自分がどんな人間か」を少しずつ明らかにしていくプロセスを踏むことです。そのための具体的な問いを、次のセクションで紹介します。
自分を知るための3つの問い
進路相談の場で私がよく使う、自己理解のための問いを3つ紹介します。どれも難しく考えず、過去を振り返りながらぱっと思い浮かんだことを書き出してみてください。
問い① 何をしているとき、時間を忘れる?
ゲーム、音楽、絵を描くこと、料理、誰かと話すこと、調べ物——なんでもかまいません。「趣味として立派か」ではなく、「気がついたら長時間やっていた」という体験を思い出してください。これは、あなたの「没頭できる領域」を示すサインです。やりたいことは、しばしばこの「没頭体験」の中に隠れています。
問い② 何に「ムカッ」とする?(怒りのトリガー)
これは意外に思われるかもしれませんが、怒りは「大切にしている価値観が侵害されたとき」に生まれます。不公平なルールに腹が立つ人は、公正さや平等を大切にしている。他者への雑な扱いにムカつく人は、人への誠実さや敬意を価値観として持っている。あなたが「ムカッとすること」を書き出すと、あなたが無意識に守ろうとしているものが見えてきます。
問い③ 誰のどんな様子に、うらやましさを感じる?
SNSや日常の中で「いいなあ」「うらやましいな」と感じる場面を思い出してください。うらやましさは、自分が「こうなりたい」と思っているのに今は手が届いていないものを指しています。他者への羨望は、自分の欲求や理想の鏡です。「あの人みたいに自由に旅しながら仕事したい」「誰かに感謝される仕事がしたい」——そこに、進路のヒントが隠れています。
この3つの問いへの答えを書き出してみると、バラバラに見えていたピースが少しずつつながり始めます。「自分はこういうことに興味があるのかもしれない」という小さな発見が、やがて進路の方向感へと育っていきます。
進路相談で話してほしいこと
CLCの進路相談で、私がいちばん嬉しいのは「まだ何も決まっていないんですけど…」と来てくれる生徒さんです。決まっていないからこそ、一緒に考えられる。決めることが目的ではなく、「自分を知り、自分の軸を作るプロセス」そのものが進路相談の価値だと私は思っています。
「やりたいことがわからない」という状態は、何かの欠如ではありません。それは、これから自分の地図を描き始めるための白紙のキャンバスです。
進路相談では、上記の3つの問いへの答えをそのまま持ってきてもらえれば十分です。「これって進路に関係ありますか?」と思うようなことでも、話してみてください。「ゲームが好き」「特定のYouTuberが羨ましい」「授業中に先生の説明がわかりにくくてムカつく」——これらはすべて、あなたの進路の手がかりになり得ます。
大事なのは、「正解の進路を見つけること」ではなく、「自分にとって納得感のある選択をすること」です。やりたいことが明確でなくても、自分が大切にしている価値観や、心地よいと感じる状態がわかれば、それを軸に進路を考えることができます。「やりたいこと」は、探すものではなく、動きながら育てていくものです。まずは一歩、自分を知るところから始めましょう。